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藤家 洋一
1935年 兵庫県生まれ
1958年 東京大学理学部物理学科卒業
1960年 東京大学大学院数物系研究科物理学専門課程修士課程修了
1963年 東京大学大学院数物系研究科電気工学専門課程博士課程修了
1968年 大阪大学工学部原子力工学科助教授
1980年 名古屋大学プラズマ研究所教授
1986年 東京工業大学原子炉工学研究所教授
1989年 東京工業大学原子炉工学研究所所長
1995年 原子力委員
1996年 東京工業大学名誉教授
1998年 原子力委員長代理
2001年 原子力委員長
2002年 広島大学学術顧問
2004年 原子力委員長 退任
 
藤家 洋一先生 は、大阪大学で教鞭を執られていた当時は、液体金属MHD 発電、ヒートパイプによる熱輸送など、液体金属を利用したエネルギー変換に関する研究を幅広く展開されていました。

 これらの研究と並行して展開されていた原子炉の安全性に関する研究では、特に液体金属冷却高速炉の苛酷事故時の挙動に関する研究として、液体金属の沸騰・熱伝達、溶融燃料と冷却材の熱的相互作用(FCI)等の研究に精力的に取り組まれていました。

 このように原子炉安全性に関わる主要な物理現象を直接観察され、基本的な理解をされていたからこそ、当時最新型の軽水炉や高速原型炉もんじゅの安全審査に主導的役割を発揮されたのだと思います。

 先生は、1980年に名古屋大学プラズマ研究所の教授になられました。その滞在された6年間に、核融合の安全評価手法の開発に取り組まれました。General Methodology of Safety Analysis and Evaluation for Fusion Energy Systems(GEM‐SAFE)という、設計が固まっていない核融合炉概念に対しても、システムを構成する「機能」に着目することで、安全設計・評価の考え方、手法は定義できるというもので、見事に纏められました。

 このような研究のバックグランドを背景に、1986年に東京工業大学・原子炉工学研究所に異動されてから、「自ら整合性のある原子力システム」の研究に先生が取り組まれることになります。

 1992年、シカゴ・パイル1号の初臨界から50年の年に、初めて論文として発表された自ら整合性のある原子力システムは、英語でSelf-Consistent Nuclear Energy System、略してSCNESと呼び、「リサイクルによる資源の完全利用とゼロリリース」を基本理念に、 (1) エネルギーの高効率利用及び多目的利用、(2) 資源のリサイクル、(3) 放射性廃棄物の非放射化、(4) 安全の確保という4つの要件を同時に達成する概念です。

 この研究は、先生のリーダーシップのもと、東京工業大学・原子炉工学研究所の先生方、学生、設計メーカの炉心設計、炉物理、安全などの専門家を集め、4つの要件の具体的内容、同時達成の可能性等について幅広く検討されました。高速中性子による核分裂では、核分裂反応あたり放出される200 MeVのエネルギーと約3個の中性子を利用して、連鎖反応を持続し、中性子を吸収させて燃料に変換、増殖させることと、長寿命のマイナーアクチニドや核分裂生成物を非放射化(正確には何万年以上もの長寿命核種を核変換し、放射性毒性などの持続期間を百年オーダまで短寿命化)させることが可能です。この研究においては、ロシア(クルチャトフ研究所、モスクワ工科大学、オブニンスク原子力工科大学)の科学者との研究交流も進められました。

 研究の成果は、国内の学会はもとより幾つもの国際学会で報告されましたが、炉システムから燃料サイクル、廃棄物処理までの概念をカバーするSCNES の幅広さから、SCNESをテーマとした国際会議が設定され、1994 年に第1回のSCNES 国際会議としてGENES会議(International Symposium on Global Environment and Nuclear Energy Systems)が裾野で開催されました。その後、1996年には第2回会議を敦賀で、1999 年に第3回会議を東京で、そして最近では昨年2003 年に第4回会議がANP(Design and Safety of Adv. Nucl. Power Plants)会議と合同で京都にて開催されました。また、この間2000年には東京工業大学・原子炉工学研究所の齊藤正樹先生のリーダーシップのもと、裾野にて「ゼロリリースに向けた原子力システム」という国際セミナーが藤原財団の支援を受けて開催されました。これら一連の会議は内外から高い関心と評価を受けて参りました。

 先生は、このSCNESは究極の原子力エネルギーシステムの概念、つまり原子力開発のゴールと言われています。この方向に原子力の研究開発が進んでいることを示すことで、一般の人にも原子力開発に対する安心が得られるのはないかとも仰っています。

 このため学会内での活動だけでなく、1992年には「21世紀社会と原子力文明−宇宙エネルギーをつくる」、1995年には「原子力−総合科学技術への道」、1998年には「リサイクル文明が求める原子力−その全体像と長期展望」、2003年には「核燃料サイクル−エネルギーのからくりを実現する」などの啓蒙本を出版され、その中でSCNESに関するお話もされています。また最近では、先生の長年の構想を結実された「原子力−自然に学び、自然を真似る」と言う原子力の教科書を出版されており、その本の冒頭には「核エネルギーの持つ原子力の本質を捉え、その全体像を見据えることが重要で、原子力を志す若い研究者、技術者にしっかりと学んで欲しい」と書かれています。

 また、先生は国際的にも多方面で活躍されています。欧米の原子力開発の停滞期においても、ドイツ、フランス、米国、韓国等の専門家を交えた国際会議やワークショップを開催し、高速炉サイクルの安全性、研究開発の方向性等に関して、コンセンサス作りに努力されてきました。特に、米国との関係ですが、アルゴンヌ国立研究所との交流から始まり、やがてこれは1997年から、日米の原子力関係者が原子力に対する熱い思いを語り、相互理解を深めるためにサンタフェセミナーの開催へと発展していきました。先生はその設立当初からキーメンバーとして参加され、核燃料サイクルの必要性、SCNESの概念、研究成果について毎年お話をされてきました。多くの出席者から、この概念について賛同の言葉がわき上がり、第5回会議(2003年)では、米国エネルギー省(DOE)長官から日米原子力協力促進への貢献に対して先生に感謝状が贈られるとともに、更なる両国の協力関係強化を期待して、2004年からのDOEの藤家フェローシップ創設に繋がったと伺っています。

 先生は、この研究を始めた頃、ロシア人科学者と意気投合されたこと、SCNESの話をされた時に、多くの欧米の研究者からも先生の概念が高く評価されたことから、当然の帰結のように思います。日本発のオリジナルなアイデアが、世界の原子力開発の未来、つまり原子力による人類の繁栄を拓くとの合意があるわけです。

 現在、日本原子力研究開発機構が電力等と協力してオールジャパン体制で実施している「高速炉サイクルの実用化戦略調査研究」では、7年前に研究に着手し開発目標を検討した際には、SCNES の理念、開発目標が参考になっています。その後、米国の提案で始められた第4世代原子力システム(GEN‐IV)国際フォーラムの開発目標も、SCNESとほぼ同じ開発目標となっています。

 また、安全性目標については、高速炉の開発当初から重要視されてきた炉心損傷時の再臨界問題を回避するための方策、その有効性を試験などによって実証可能であることが重要との認識で、SCNESの議論と並行して、国内のみならず海外の高速炉の安全性の専門家との意見交換を通じて検討が行われました。その検討過程においても先生の強烈なリーダーシップがあったからこそ、具体的なアイデアが活かされ、その有効性を確認するための試験研究が、7年ほど前から電力と日本原子力研究開発機構が共同して、カザフスタンの炉内試験装置を用いて進んでいます。これも実用化戦略調査研究の安全要求の重要なテーマです。

先生が実施されてきた多くの研究は、これから具体的な成果が出てくるのが期待されます。


旭日重光章受賞 2006年11月3日
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