原子力利用の本質、全体、展望

 

−福島第一原子力発電所地震/津波事故を契機に−

 


2011年3月11日 未曾有のM9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、東北地方関東地方の太平洋沿岸地域は

大津波に襲われた。

地震学者の想定をはるかに超える地震/津波は、1万8千人を超える尊い人命を奪い、地域住民の社会インフラを破壊し、

33万人もの人々が避難するという大規模な災害を発生させた。

また、農業、漁業、石油コンビナート、各種工場、火力発電所、原子力発電所など産業を支える施設にも

その被害が及び生産活動停止、停電を発生させ、広域に及ぶ家屋、財産など物的被害損失をもたらした。

 2.で述べるように、福島第一原子力発電所1〜3号機は地震により原子炉は自動停止したものの、

津波による非常用電源が喪失し、全電源喪失に至り、炉心が溶融し、環境に放射能を放出する事故に発展し、

8万人を超える地域住民は退避を余儀なくされ、食品汚染及び風評被害をもたらした。

このことが、社会から原子力発電の「安全性」が裏切られたという怒り、

運転中の浜岡原子力発電所に対する首相からの停止要請、定期検査終了の原子力発電所に対し、新たに付加された

ストレステストによる再起動頓挫によって、原子力発電による電力供給が激減している。

「減原子力依存」を前提にしたエネルギー基本計画の策定が行なわれている。

これらの混乱の元になっている失われた原子力の「安全性」は、エネルギー確保におけるリスクをどう考えるのか

について根本から問い直す原因にもなっている。

原子力について社会一般個人の関心が高まり、個人が原子力のリスク・ベネフィットを考え、

選択せざるを得ない状況にある時に様々な考え方を提供することは重要であり、その一つとして述べる。

 

1.原子力平和利用はどう出発し、原子力発電の「安全性」は

  どう考えていたのか?


眼前の混乱から、時間軸を広げて眺めてみることも有効と思われる。19世紀末に、X線を発見し放射線の利用が始まったこと、及び、

原子内部の原子核反応エネルギーが化学反応のエネルギーに比べ約百万倍であることを見出し、このエネルギーを制御して使えることを

実証したことが原子力利用の出発点である。

世界の経済が活発になり、それを支えるエネルギー資源である石油を巡る世界戦争が、1945年の広島、長崎への原爆投下と共に終結し、

原子力を平和のために使うことによって、エネルギー資源争奪戦争を無くすべく、1953年、国連でアイゼンハワー大統領が「Atoms for Peace」を

宣言し、原子力平和利用のための情報が開示された。

核分裂熱エネルギーの発電への実用化に向けた開発が進められ、合わせて、各種放射線の研究、医療、産業、民生等への利用拡大と共に、

人類福祉に多大な貢献をしてきた。


核反応エネルギーは、エネルギー密度が高く、放射性物質を生み出し、危険であるため、国は、法律で使用を禁止し、平和目的で安全に使う条件を

満たした場合にのみ禁止を解除し、使用を許可する。使用中も、許可条件が満たされていることを監視し、安全確保に必要な法規制、社会基盤を

整備してきた。

原子力利用に付随する放射線は、38億年前の生命の誕生からの環境に存在するものであリ、宇宙、地表からの放射線、食物にある放射性物質等の

放射線の環境下で進化してきたので自然界にある放射線に対する生体防御機能が獲得されているため危険ではない。

自然放射線の量は地球上地域によってか数十倍から百倍程度のばらつきのあるものであることも知られている。

放射線による健康への影響は、日光などと同様、強さにより、強い放射線は危険である。

数千mSvといった大量被曝は死に至る。X 線が利用された当初、放射線の研究などで管理されない過度な被曝による障害事例もあり、

低線量の健康への影響に対する科学的知見が不足していたため、安全管理上、保守的で、異論のない考え方として、

放射線がゼロならば、影響もゼロとし、致死量とゼロを直線で結び(しきい値なしの直線仮説)、低線量でもこの線に応じて癌の発生確率が

比例するという考え方を国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた。

ただし、将来、科学的知見を集積し直線仮設は見直すという前提であったが、平時における放射線従事者の放射線被曝管理上は、足し算で

保守的に管理できるためこの仮説は変更されることなく長期に使用され、常識として定着した。

しかし、広島、長崎の被爆者、セミパラチンスク原爆実験場の被爆者、自然放射線の高い地域の人々、放射線従事者、

チェルノブイリ事故などの疫学調査に基づく知見が得られている。チェルノブイリ事故後25年目に報告されたロシア政府の報告書には、

放射能という要因と比較した場合、精神的ストレス、慣れ親しんだ生活様式の崩壊、経済活動の制限等事故に関連した他の影響の方が

遥かに大きい損害を人々に齎したことが明らかになったと報告されている。

このように、低線量の放射線の健康への影響については、多くの知見から、100mSv以下では明確な医学的影響は無く、

遺伝子修復機構も解明されて来ている。ICRPでも100mSv以下の線量に対して、年間の集積線量(例えば20mSv)に対応した線量率

(例えば2.3μSv/hr)をもって、癌を発生させるリスクがあるので退避させなければならないという考え方は、退避に伴う

ストレス、癌発生不安のストレスを与えるというリスクのほうが大きいためI最適化を図るよう勧告している。

現在取り交わされている議論には混乱が見られ、正しい常識を早急に定着しなければならない。

 原子力施設の安全性については、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」が確保されるよう、深層防護思想、フェイルセイフ、

フールプルーフ、インターロックなどの安全設計が施されているが、万一の事故に対して立地地域に及ぼす事故を想定して、

それでも人の生命、健康を脅かさないよう「原子炉立地審査指針」に事故時の判断目安線量が定められている。

事故時被曝評価に用いられる 「重大事故」は「事故」の中から放射性物質の放出の拡大の可能性のある事故を取り上げ、

技術的に最大と考えられる放射性物質の放出量を想定し、原子炉格納容器内放出に係る事故及び原子炉格納容器外放出に係る

事故をそれぞれ想定する。


「仮想事故}は「重大事故」として取り上げた事故について、より多くの放射性物質の放出量を仮想した事故を想定する。

重大事故時の線量評価においては、想定された事故が生じた場合、周辺の公衆に放射線障害を与えないことを確認するとしている。

また、仮想事故時の線量評価においては、想定された事故が生じた場合、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えず、

さらに集団線量に対する影響が十分に小さいことを確認するとしている。


これらを判断する基準は以下のとおりとしている。


(1)原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。


「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、「重大事故」の場合について次の線量を用いる。


甲状腺(小児)に対して 1.5 Sv


全 身 に対して 0.25Sv


(2)原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。


「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、「仮想事故」の場合について次の線量を用いる。


甲状腺(成人)に対して 3 Sv


全 身 に対して 0.25Sv


(3)原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。


「ある距離だけ離れていること」を判断するための目安として、「仮想事故」の場合における全身線量の積算値に対して2万人Svを参考とする。


すなわち、原子力の平和利用は、事故時に放出される放射線によって、人の生命、健康に影響しないことをもって「安全」としているのである。

この考え方は、事故の如何を問わず守られなければならず、今回想定外の過酷事故に進展したが、めやす線量を下回っており安全は守られている。

自然災害に起因した過酷事故を防ぐこと、事故管理によってリスクを極限すること、放射能に対する社会不安を低減することは今回の事故から

最大限の教訓を汲み取らなければならない。

2.福島第一原子力発電所地震/津波事故をどう捉えるか?

 

この地震は設計を超える地震であったが、運転中の原子炉は、地震加速度を検知し、所定どおり停止し、安全維持の「止める」という要素は

確保された。

福島第一原子力発電所1〜3号機は、地震で、外部電源は失ったが、非常用ディーゼル発電機が起動し、炉心の冷却は行われた。

しかし50分後に、想定(5.7m)を遥かに超える14mの津波が襲いディーゼル発電機は水没し、交流電源が喪失し、計測制御系の

バッテリー電源が生きている8時間を越えた以降は、安全維持の「冷やす」という要素は失われた。

アクシデント・マネージメントに従った対応がなされたが、続いて、「閉じ込める」要素である格納容器健全性維持のため、ベントが行なわれ、

放射性物質が環境に放出された。冷却水の補給が無い状態での炉心崩壊熱の冷却不足により燃料被覆材(ジルコニウム合金)と水との反応で

生じた水素が原子炉内に溜まり圧力上昇により、格納容器内へ放出され、格納容器の過大な圧力上昇に至り、格納容器から原子炉建屋へ漏洩し

蓄積された水素が爆轟し、原子炉建屋が大きく損壊した。3号機で発生した水素が4号機との共用スタックへのベントラインを逆流した水素が

4号機の原子炉建屋に滞留し、水素爆発が発生したと報告されている。事故の調査は東京電力、政府、国会、民間で別々に行なわれており、

前二者の中間報告書が公表されている。

  社会の人々は、「冷やす」、「閉じ込める」が失われた事故は「安全性」を損なったと怒り、また、歴代の原子力安全委員会委員長等も

陳謝している。

原子力推進当事者は、人為ミス、機械の故障から進展する事象が大事故に至る過程で「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」が多重に確保され、

大事故に至ることはないと説明し、それをもって「安全性」が維持されていると信じていた社会は当然のこととして「安全性」が損なわれたと

見ている。

放出された放射性物質によって平穏な日常から突然顕れた放射能汚染によって退避を強いられ生活権まで奪われた地域の人々の怒りは

想像に余りある。国を挙げて除染し、帰還され日常に復帰されるような取組みが行なわれている。これらに対して最大限の支援を行なわれている。

  一方では、前述した設置許可の「安全性」すなわち、敷地周辺の公衆が、放出された放射能で、健康を害しないという評価結果によって

「安全」であり、さらに、JCO事故以降整備された災害対策の一環として、退避が行われ、地域住民の放射線の影響による健康への影響は

生じていないということを冷静に認識することは、文明を支えるエネルギーに伴うリスクを比較考量し、今後のエネルギー計画を策定する上で

重要である。

 

3.原子力利用は継続的「安全性」強化の途上にある


全ての人工物に対して、失敗の克服という過程を経て進歩、改善し文明を築いてきた中で、原子力利用も同様であり、TMI、チェルノブイリ、

JCOなどの事故から、その都度、教訓を汲み取り、事故の未然防止という観点での「安全性」を強化してきた歴史がある。

TMIの事故も国民の生命、健康を守った点で「安全」は確保されたが、事故の発生防止と影響の緩和のための「安全性」強化が行われた。

人的要因により発生したことから、人的要因(ヒューマン・ファクター)、苛酷事故(シビア・アクシデント)、確率論的評価(PSA)の研究が

進んだ。チェルノブイリ事故は設計に関わる原因であり、事故が一般公衆に知らされなかったために放射性ヨウ素による小児の甲状腺がんを

発症させた。

しかし、低線量放射性セシウムによる発がんはなかったと報告されている。

この事故からの教訓として、安全文化、早期通告、安全条約、世界原子力事業者協会(WANO)設立などにより「安全性」を強化してきた。

JCO事故では防災関連の法律を充実させ、影響の緩和である退避によって周辺地域住民の被曝量をできるだけ低減しようというものである。

2011年3月11日までの状況は、軽水炉は実用化されたと見做され、世界で430機、16%の電力を供給するまでに至り、

資源問題、環境問題への切り札として、世界各国で、建設計画が発表されていた。TMI事故やチェルノブイリ事故後に一時的に開発が停滞した

国があったが、事故の発生というリスク・ベネフィット感覚における人心の動揺があるため、今回の被災事故後も原発推進は暫く停滞する

ことになるだろう。

事故が発生する前の社会は、約30%の電力が原子力発電という原子力利用社会であったが、肝心な放射線に関する基本的な正しい教育が

浸透しておらず、人々にとって放射能は程度によらず気持ち悪く、怖ろしいものであった。放射能を出す可能性のある原子力発電所の

トラブルは危険をもたらすものであり不安であった。皮肉にも今年度から学習指導要領が変り、小、中、高の授業にエネルギー・環境問題が

取り上げられ、その中で原子力発電も取り上げられたが今回の事故で教育現場は戸惑いを感じている。放射線教育は行なわれているが、

「しきい値無しの線形仮設」に基づいており、自然放射線程度との対比による説明ではなく、できるだけ低く抑えるという内容である。

今後、原子力エネルギーを持続可能な文明の基礎に位置付けるならば、学校教育に、福島第一の被災事故を取り上げ、「安全性」の意味、

「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」の要件を強化することが事故発生確率を減らすことし、残留リスクに対する考え方、

放射線に健康に関する正しい基礎的常識を含め、エネルギー全体の中における原子力利用の本質と全体を教えることが必要である。

 

原子力発電の「安全性」は、事故の影響による「安全性」の前に事故の発生そのものであるという社会通念は、国、地方自治体、事業者、

マスメディアが形成してきたものである。小さなトラブル発生も「安全性」を損なうものであり、外部への放射能漏洩があったか否かが

関心事である。まして、今回のように爆発もあり、放射能放出もあり、溶融した燃料の冷却に時間がかかっている事故は、

決して許されないのである。原子力当事者は、原子力利用の本質である「安全性」について社会との共通理解を図るための

コミュニケーションを怠り、トラブルが大事故に繋がるような報道ぶりにより、トラブル発生は陳謝の対象として、

社会の原発に対する不安が定着してきた。国は、国民の安心を得るための規制の行政指導を増やし、自治体は地域住民の安心のため要請増やし、

結果として、原発の設備利用率が低下し、現場の自主性を損ないで志気まで低下させるという悪循環に陥っていた。

原子力安全の専門家は、事故の発生原因、事故の影響に関する冷静な見識を発信すべきである。敷地周辺の公衆への被曝線量は、

国民の生命、健康は幸い守ることができたという事実、今回の事故が人知を超える自然外力であったので、

今後は、事故の発生頻度を減らす意味でも、自然外力に対する備えも謙虚に考え直すことが必要であること、

更に、危険な原子力を利用して持続可能な文明を安全に築いてゆくために、想定した自然外力を超えた場合でも、

共通原因故障を防ぎ、アクシデント・マネージメントに対する深い検討を行い、訓練し、残留リスクを緩和するために適切な防災によって、

危険を一層低減できることを社会に分かりやすく発信することが必要である。そして、このようにして、

今後も継続的に深層防護を深めてゆくこと、合わせて、国民の正しい放射線の理解が不可欠であることをあらゆる場から

発信することが求められている。

日本で起きたこの被災事故から、事故の発生防止するための教訓を汲み取り、反映し、「安全性」を強化し、更に影響緩和のための防災

について正しい理解を得て行くことが、地球環境とエネルギー問題と持続可能な文明を模索する中で、原子力利用を持続可能な文明の基礎に

するとすれば、全世界にとって、極めて重大な転機になると考えられる。次に具体的提言をしたい。

 

4.社会が受け入れる原子力利用のために必要なこと

 

(1)「安全性」向上に謙虚な取り組みの必要性

 

福島第一の震災/津波被災事故は、自然外力(津波)による全電源喪失という共通原因によっている。

どのような外的要因を考慮するかについては、設置許可の条件に関わる。同じ災害から難を逃れた、福島第二原子力発電所、

女川原子力発電所、東海第二原子力発電所に比べ、福島第一原子力発電所は、特別に津波の規模が大きかったという以外に、

深層防護思想に基づいた、工学的安全設備、アクシデント・マネージメントに関する検証に基づき、確率論的安全評価による

相対的安全性評価を行い、弱点を洗い出し、残留リスク軽減のための教訓を謙虚にくみ取る必要がある。

どのような外的要因を、何処まで設計条件に組み入れるかについては、研究開発、専門的判断を公開し解説する必要がある。

原子力の安全性はこれまでの事故の教訓から自己満足することなく、見直し、改善の努力を継続し、現場の志気向上を支援する

社内構造を維持することによって、トラブル発生頻度を減らし、小さな事象が大きな事故に発展する可能性を減らし、

安全性向上に関する深層防護を堅固にするという人間側の継続的努力が続けられてきた。この継続的努力の重要性は全産業に

共通ではあるが、原子力利用には特に強調する必要があり、普通の産業と同列にできない。

原子力利用は軽水炉が最終的な姿ではなく、平和のために、エネルギー問題と環境問題に資するよう、安全性、エネルギー生産、

資源創生、廃棄物ゼロを目指している。原子力発電は原子力利用の開発途上にあり、軽水炉そのものも改善してゆくものである。

工学的安全設備強化以外に、固有の安全性の採用についても検討する必要がある。実用化された後、合理化する努力は重要であるが、

実績に基づいて慎重に進めることが必要であり、そのためには、人材育成と研究開発への投資が必須うである。

 

(2)民主社会における個人のリスク判断による選択

 

原子力施設の「安全性」の目標は、国民の生命、健康を守り、更に、事故の発生確率を減らすこと、

発生した事故の影響を少なくすることである。

今回の被災事故は、放出された放射能による地域住民の健康への影響をもたらすものではなかったが、

現実には、放射能放出に伴う住民の退避、農産物、水産物への放射能汚染、風被害をもたらし、これらの損害は甚大である。

災害に伴い発生した物的損害は、損害賠償によって償われるとはいえ、このことが現実になると、

原子力の「安全性」が損なわれたという人々の怒りに繋がってくることから、予め発生頻度と物的損害に関するリスク見通しが必要になる。

 原子力利用に対しては、事故時における放射線の人への健康影響の観点のみならず、平時における非常時への備えが他の産業に比べ、

質的に異なる。すなわち、極めて発生確率の低い事象が発生した場合に対する平時の想像が及びにくい点にある。非常時の備えを、

平時において如何に緊張感を持って継続させるかという問題がある。この問題は、極めて稀な自然災害に対する備えと同様、

つまるところ、専門家のみならず、社会を構成する個人が、エネルギー、環境、経済に関わる総合的リスク・ベネフィットを判断して、

社会の最適化に関する考え方の合意を必要とする問題である。再生可能エネルギー、化石燃料エネルギーなどとリスク・ベネフィットの

判断によって選択できる社会システムが必要になる。そのためには、オープンな場で議論し、権限と責任を持ってリスク管理する機構を作り、

何処までのリスクを許容するかを決めるのは社会機構であり、同時に、情報を元に市民が主体的にリスクを判断してゆくことが必要である。

市民のリスク・ベネフィットに対するインセンティブとして電源別料金制度が考えられる。

 

(3)低線量の健康に及ぼす影響に関する科学的知見

 

個人のリスク・ベネフィットの判断上、原子力利用で基本的な情報は、非常時における低線量放射線の健康への影響である。

前述のように現在の放射線管理の考え方は、原子力の平和利用草創期の保守的仮定に基づく基準を採用してきた。

平時における放射線従事者の放射線管理に対して、保守的であり、管理の容易さという理由から、一応の合理性はある。

しかし、非常時においては、この仮設は、心的ストレス、風評被害に伴う被害が過大になることから合理性を欠いている。

ICRPも最適化が必要であるとしている。個人がリスクを判断する上で、短時間の線量率と長期間における集積線量の健康への影響に

関する科学的知見に基づき、影響のないレベル(ホルミシス効果も)を評価し、基準を見直すべきである。被ばく線量をできるだけ

少なくするという観点から、退避が必要な場合は、きめ細かい地域の放射線量マップ(SPEEDIによる)を示し、個人用の被曝線量計の貸与、

放射線医学の専門家と相談できる環境を与えらが必要である。放射線医学総合研究所が、個人の集積線量を評価できるシステム

「福島第一原子力発電所周辺住民線量評価システム」を開発し公開した(http://www.nirsdose.jp/)ことは大きな前進である。

この評価と合わせて、100mSvであれば問題ない(しきい値が存在する)という放射線医学の常識を周知する必要がある。

東大病院で放射線治療を担当するチーム(team nakagawa)の活動(http://tnakagawa.exblog.jp/)や

2011年12月22日に報告された低線量放射線の健康リスクに関する報告書が注目されている。

http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2012/siryo02/siryo1-3.pdf

社会は合理的な考え方に向けて進歩してゆくのであり、

今回の事故は、原子力当事者のみならず、原子力利用社会にも進歩するきっかけになっている。

この際、私たちは、原子力利用の本質、全体、展望を確りと捉え直すことが求められている。

 

 

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